手抜きとかけひき
最初「頑張ります」で始まった生徒も、日がたつにつれて手抜きが現れてくるのが一般だ。教師が少しづつ妥協していくのをさぐり、先生を試し、自分の楽な地点に持ち込みたい。そこまで意識していなくても、疲れる仕事は少しずつ力を抜いていくのが人情だ。
まずは、解答を写して宿題を済ますというのが定番。気が付くかな、、気づかれたらなんとかごまかそう。しかし、これは割とすぐにばれる。「おまえ、写しただろ」とか気楽に言える相手もいるが、そうは言えない微妙な生徒もいる。予防策で私が解答を持ち帰ろうとすると、「先生は俺を信じていないんだ」などと言うのも、ドキッとはするが実は作戦かもしれない。もう少しズルが上手なら、半分は計算もノートに残し、あと半分は手抜きをするだろう。ズルいのは腹が立つが、ずるいのは子供の特徴かもしれない。遊ばれているようなズルさにはさすがに怒る。「なめてる」ような子供もいるが、学校や塾でありがちの対立的な関係になるのも、家庭教師としてはよくないだろう。
家庭教師にとって大事なことは、宿題をしないのは何らかの信号だと考えることだ。これは、単純な理由のこともあれば、先生に対する信頼感にゆらぎのある表れのこともある。二人の問題は二人のそれぞれにある。
話を戻そう
時間のかかる思考問題など宿題の特定の一部をだんだんしなくなったりもする。宿題をやってないと勉強にならないから今日は帰るわと、罰として授業を中止して帰るのも回数をかさねられないし、「きちんと宿題をするように」とうるさく言うのも疲れる。こういう場合はとりあえず、チェックテストなどで「学習を自分のものにする」ことを基準にするしかない。
色々と理由をつけるのが面白い。昨日は何時まで起きていていやあ大変だったと大げさに言って同情をひいたり、一人で勉強してもわからないと言ったりする。自分一人の勉強でもよく自分に使う口実だ。聞く分には面白いが結構うるさい。このあたりは、親がよく知っているので親と情報交換をすれば見抜けるが、社会に出るとこんな口実は通らないので、一度バイトでもして社会体験でも積むと口実の空虚さがわかるだろう。
おしゃべり攻撃?もある。最初は質問の形で、徐々に長い話をする。先生の興味あることなどを日頃からさぐり、そこへ話題を持ち込むのが定石だ。これは、生徒がそれなりに苦労しているので、かわいいし、先生としては弱い。もちろん、大人によくあるような、一方的にまくしたてるおしゃべり攻撃というのもある。こちらは勉強の態勢を作れば、少しは静かになるだろう。
できないふり、というのがある。これは多少の真実味と演技力がいる。学校や塾だと「わかりません」で通ることもありそうだが、家庭教師は実力は把握しているからそれは通らない。それでも「頭が悪いから」で済ますのも、思考をしないで楽をしようとする手段なのかもしれない。日本は教育国なので巷には「ばかぶりっこ」がはやるのだろう。
家庭教師は別に無理に勉強を押し付けてるわけじゃなくて、あんたの目標の助けをしているだけだ。と言ってみるものの、目標を尋ねると、どこそこの学校を受験したいとは言うが現実味がない。
生徒の気分にむらがあり、得点に波があるのも道理だ。生徒とのかけひきは、結局、勉強をしたくない生徒と勉強をさせたい先生の意志が同じでないからだ。これをやめるには、生徒本人が勉強しようという意志を持つのが大切で、それに誘うのが家庭教師。家庭教師としても、疲れるうるさい不毛なかけひきよりは、二人の共同作業のほうが、生徒とも親しくなれるし、それに超したことはない。
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